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『俺の給料、君が払ってくれるの?』

2012年10月16日 創業者は語る  

取締役会長の竹中吉生です。

掃除していたら、ゲーム開発をしていたころの写真が出て来ました。

10何年もしまわれたままの汚れた写真を眺めながら、
青春の全てを注いでいた、あの頃を振り返りました。

任天堂に入社するのが、中学生の頃からの夢でした。

それは叶わなかったけど、
新卒で入った会社を辞め、専門学校に通ってC言語を勉強し、
なんとかSEGAの関連会社にプログラマーとして就職できました。

ワクワクドキドキの入社初日。
デスク、PC、モニター、そしてセガサターンの開発機材が与えられました。
ラーメン小池さんみたいな私の所にやってきて、挨拶もそこそこに

「※▲○★◎△・・・みたいなミニゲーム、一本作って」
と言われました。

「大丈夫?」なんて聞かれません。
「いつまでに出来る?」という確認もなし。

また、企画書や仕様書などという“ライフライン”なんかありません。
しかも、ゲームに使う絵のデータもありません。

それ以前に、私はセガサターン開発環境の知識、ゼロです。
C言語が出来たって、それじゃ何も出来ません。

頭上の棚に、百科事典のようなマニュアルが3冊ありました。

SBL?
VDP?
ペリフェラル?

・・・分からない言葉“しか”ありません・・・。
一時間にらめっこし、もうやってられねえと思いました。

お喋りしていた同じチームの先輩に、「教えてもらえますか?」と
助けを求めた時に言われたセリフ、一生忘れられません。

『教えても良いけど、俺の給料、君が払ってくれるの?』

周りにいる先輩方も、『そうそう』って頷いてます。

衝撃でした。

だけど、今思えばあの言葉のおかげで、
人に頼らずに何でも自分で解決するスキルが身についたのだと思います。

とにかく、そこから超がむしゃらに頑張りました。

マニュアルと戦っても前に進まないので、与えられた物を片っ端から精査していき、
実行モジュールを実行環境に読み込んでプログラムが動く状態まで探り当てました。

ここまで、約1週間。
毎日毎日、、一人で頑張りました。

周りの先輩方に給料泥棒と噂されてる気がして、
「お先に失礼します」と堂々と言えず、こそこそ帰ってました。

ソースのコンパイルまで出来て、リンクが上手く出来ずに力尽きそうになっていたところに、
あの先輩が助けに来てくれました。

「お、ここまで出来てんじゃん。リンクはこうやってやるんだよ。」
・・・その時の安堵感は、今でも忘れられません。

誰かに教えてもらえば、数時間で済むことなのですが、
泣きながら(正確には怒りながら)自分の力で乗り越えたおかげで自信がついたし、
それを見てくれていた先輩が認めてくれました。

あの時、もし先輩が指導してくれてしまっていたら、
元々センスのない私はダメPGになっていたかもしれません。

厳しく突き放して1週間見ているのは、先輩も辛かったでしょう。

心から、その先輩に感謝してます。

 

 

その後すぐ分かるのですが、その先輩は、ものすご~~~く優しい方です。
しかも、私の後に入った後輩には、手取り足取り教えてた!!

なんで俺だけ突き放されたんだ!?(泣)